AI担当者は誰がやる?中小企業のための“ひとりAI推進担当”の作り方

ChatGPTやClaude、Geminiなどの生成AIを業務で使う企業が増えています。しかし、中小企業の現場では「一度は試したものの、一部の社員しか使っていない」「社長だけが熱心で、現場には広がらない」といった状況も少なくありません。

その原因は、AIツールの性能ではありません。多くの場合、社内でAI活用を継続して見る人が決まっていないことにあります。

AIは、一度研修を行えば自然に定着するものではありません。現場の困りごとを拾い、小さく試し、成果が出た使い方を共有する。その活動を続ける人が必要です。

とはいえ、中小企業がAI専任部署をつくったり、新たに専門人材を採用したりするのは簡単ではありません。そこで現実的なのが、既存社員の中から一人を任命する**“ひとりAI推進担当”**という考え方です。

これは、AIに関する仕事を一人で抱え込む役割ではありません。社内の実験を集め、うまくいった使い方を組織へ広げる“ハブ”です。本記事では、誰を選び、何を任せ、どのように90日で立ち上げるかを解説します。

第1章 AI導入が進まない本当の理由は「担当者がいない」から

社長が朝礼で「これからはAIを活用しよう」と呼びかける。社員向けの研修を行い、生成AIのアカウントも用意する。それでも、1か月後に日常的に使っているのは数人だけ——。中小企業では、こうしたことがよく起こります。

現場がAIを使わない理由は、必ずしも抵抗感だけではありません。

「自分の仕事のどこで使えばよいか分からない」
「顧客情報を入力してよいのか判断できない」
「一度試したが、期待した答えが出なかった」
「通常業務が忙しく、試行錯誤する時間がない」

こうした小さな疑問や失敗が放置されると、社員は従来のやり方に戻ります。

また、ある社員が便利な使い方を見つけても、その方法が本人の中に閉じていることがあります。議事録を短時間で整理できる指示文や、提案書の構成を作る方法があっても、他の社員には共有されません。会社としては同じ業務を何人もが別々に工夫し、同じ失敗を繰り返すことになります。

つまり、AI導入の本当の課題は、ツールがないことではありません。社内の困りごととAIを結び付け、成功事例を会社の知識に変える人がいないことです。

そこで必要になるのが、ひとりAI推進担当です。AIを最も詳しく説明する人ではなく、「この業務ならAIで軽くできそうだ」と見つけ、小さな実験を前へ進める人です。

第2章 AI推進担当に向いている人の3つの条件

AI推進担当を決める際、「一番ITに詳しい人」を選ぶ必要はありません。高度なプログラミング知識やAIの専門資格がなくても、十分に務まります。

選ぶ基準は、次の3つです。

1.新しいものを試すことに抵抗がない

AIの出力は、最初から完璧とは限りません。指示の内容を少し変えたり、渡す情報を整理したりしながら、使える形に近づける必要があります。

そのため、すべてを理解してから動く人よりも、「まずは小さく触ってみよう」と考えられる人が向いています。失敗を恥ずかしがらず、「この指示ではうまくいかなかった」と記録できることも大切です。

2.現場の業務を知っている

AIの機能に詳しいだけでは、効果のある業務改善はできません。

大切なのは、社内のどこに時間のかかる作業があるかを知っていることです。二重入力、定型メール、議事録、日報、資料の転記、同じ質問への繰り返し対応など、現場の“時間泥棒”を見つけられる人が適しています。

各部署から相談を受ける総務・経理担当者、営業企画や業務改善の担当者、現場と経営の両方に話を聞ける中堅社員などは、有力な候補です。

3.使い方を周囲に共有できる

自分だけがAIを便利に使えても、会社全体の改善にはつながりません。

うまくいった指示文を保存する。操作方法を難しい言葉を使わず説明する。質問されたときに、「分からない」で終わらせず、一緒に試してみる。こうした橋渡しができる人が向いています。

判断基準をまとめると、AIに詳しいかではなく、興味があるか、現場を知っているか、周囲と共有できるかです。

第3章 “ひとりAI推進担当”が担う5つの仕事

ひとりAI推進担当の仕事は、社内のすべての業務を自動化することではありません。主な役割は、次の5つです。

1.社内の「面倒な作業」を集める

まず、営業、総務、経理、現場などから、時間がかかっている作業を聞き取ります。

優先するのは、毎週・毎月繰り返され、結果を人が確認しやすい業務です。

たとえば、会議後の議事録整理、問い合わせ返信の下書き、日報の要約、提案書の構成作成、社内マニュアルのFAQ化などです。最初は10個程度の「AI実験候補リスト」をつくれば十分です。

2.1業務ずつ小さく試す

候補を集めたら、一度に全社へ広げず、1業務・1部署・1週間程度で試します。

議事録整理であれば、AIには要約、決定事項、ToDoの抽出を任せます。一方、担当者や期限が正しいかは人が確認し、関係者への送信も人が行います。

「AIが行う作業」と「人が確認する作業」を分けることが、失敗を防ぐポイントです。

3.成功した使い方をテンプレート化する

実験で効果が出たら、次の3点を残します。

  1. AIへの指示文
  2. 入力する情報
  3. 人が確認する項目

たとえば議事録なら、「決定事項・未決事項・担当者別ToDo・期限・共有メール案に整理する」という指示文と、「担当者・数字・期日は人が確認する」というチェック項目をセットで保存します。

これを共有フォルダに置けば、他の社員も同じ方法を使えます。AI活用を個人技から会社の仕組みに変える重要な作業です。

4.最低限の利用ルールを整える

AI推進担当は、経営者や各部門の責任者と相談しながら、現場が迷わないルールを整えます。

最低限、次の内容は決めておきたいところです。

  • 顧客情報や個人情報をそのまま入力しない
  • 数字、価格、納期は必ず人が確認する
  • 削除、送信、契約、発注は人の承認を必須にする
  • 会社として利用するAIサービスとアカウントを明確にする

AI推進担当が法務やセキュリティの責任をすべて負う必要はありません。役割は、判断が必要な問題を見つけ、適切な責任者へつなぐことです。

5.効果を数字で報告する

「便利だった」という感想だけでは、継続や追加投資の判断ができません。

最低限、削減時間、ミスや手戻りの増減、利用者の負担感を記録します。

たとえば、「議事録作成が60分から25分になった」「問い合わせ返信の初稿作成が15分から5分になった」と示せれば、経営者も効果を判断しやすくなります。

第4章 90日で立ち上げるAI推進担当の実行計画

ひとりAI推進担当は、90日を一つの区切りにすると立ち上げやすくなります。

1〜30日目:業務を集め、最初の実験を行う

最初に担当者を任命し、週1〜2時間の活動時間を正式に確保します。

各部署から面倒な作業を集め、その中から一つを選びます。最初は議事録、メールの下書き、資料要約など、結果を簡単に確認できる業務が適しています。

実験前の作業時間を測り、1週間ほどAIを使ってから再度測定します。

31〜60日目:成果を「型」にする

効果が出た指示文をテンプレート化し、失敗したケースも簡単に記録します。

この時期に大切なのは、担当者以外の社員にも同じテンプレートを使ってもらうことです。本人しか使えない方法では、会社の仕組みになりません。

別の社員でも同様の結果が出れば、入力ルールや確認項目を加え、標準的な使い方として整理します。同時に、2つ目の実験を始めます。

61〜90日目:社内に広げる

成功事例を1枚の資料や3分程度の短い動画にまとめ、15〜30分のミニ勉強会を開きます。

勉強会ではAIの歴史や専門用語ではなく、実際の業務で「どのくらい時間が減ったか」「何を入力したか」「どこを人が確認したか」を伝えることが重要です。

90日後の目標は、大規模な自動化ではありません。

  • AI活用が定着した業務が2〜3個ある
  • 社内共有テンプレートが5個程度ある
  • 最低限の利用ルールがある
  • 数人の社員が日常業務でAIを使っている
  • 次に試す業務が整理されている

この状態まで進めば、AI活用の土台はできています。

第5章 AI推進担当を孤立させないために経営者がやること

ひとりAI推進担当を置くときに最も避けたいのは、通常業務に加えてAI関連の仕事をすべて押し付けることです。

担当者を孤立させないために、経営者は次の4点を意識する必要があります。

1.活動時間を正式に与える

「時間があるときに試して」と依頼しても、日常業務が優先されます。

週1〜2時間でもよいので、AIの実験、テンプレート作成、相談対応を正式な業務として認めます。通常業務の一部を減らすことも必要です。

2.活動を評価する

削減時間、テンプレート作成数、他部署への展開数、改善提案などを活動成果として扱います。

AI推進を本人の善意や趣味にしないことが、継続の条件です。

3.全責任を押し付けない

AI推進担当は、AIに関する最終責任者ではありません。

利用方針は経営者、個人情報や契約上の判断は責任部門、各業務の最終判断は現場責任者、実験と共有の推進はAI推進担当というように、責任を分けます。

担当者は“一人で何でも決める人”ではなく、適切な人へ問題をつなぐハブです。

4.必要に応じて外部の力を使う

高度なシステム連携、セキュリティ設計、全社ガイドラインの策定まで、一人の担当者に求める必要はありません。

社内担当者は現場の課題整理と実験に集中し、専門的な判断が必要な部分は外部の専門家へ相談する方法もあります。

まとめ:一人を起点に、全社をつなげる

中小企業がAI活用を始めるために、専任部署や大きな予算は必ずしも必要ありません。

最初に必要なのは、一人の推進担当と、週1〜2時間の正式な活動時間です。

その担当者が、社内の面倒な作業を拾い、小さく試し、効果を記録し、テンプレートとして共有する。このサイクルを繰り返すことで、個人のAI活用は会社の仕組みに変わっていきます。

ただし、ひとりAI推進担当は、AI活用のすべてを一人で背負う人ではありません。

一人を責任者にして孤立させるのではなく、
一人を起点にして、経営と現場、成功事例と他部署をつなげる。

AI推進担当に必要なのは、社内で最もAIに詳しくなることではありません。社内の困りごととAIを結び付け、うまくいった方法を会社の資産に変えることです。

まずは、自社の中で「新しいことを試すのが好きで、現場の仕事を知り、周囲へ共有できる人」を一人思い浮かべてみてください。そこから、中小企業に合ったAI活用が動き始めます。