新年度の今こそ問うべき、“生成AIに任せられる仕事”と“人にしかできない仕事”

1. はじめに:AI時代の経営者が直面する問いとは

いま、生成AIの進化と普及は、私たちの「仕事」のあり方そのものを問い直しています。これまで人間が担ってきた業務の一部が、ChatGPTのような生成AIによって代替可能になったことで、「この仕事は人がやるべきか、それともAIに任せるべきか」という本質的な問いが、経営の現場にも突きつけられています。

特に製造業においては、現場の熟練技術やノウハウが重要視される一方で、書類作成、報告書のまとめ、業務マニュアルの整備など、定型的なタスクも多く存在します。こうした業務の一部はすでにAIが効率的に代行できる領域に入ってきており、AIと人の「役割分担」の見直しが必要とされています。

そして、今はまさに4月。新年度というタイミングは、組織体制の再構築や方針の見直し、人事異動や新入社員の受け入れなど、自然と“仕事の棚卸し”を行う機会が増える時期です。このタイミングで、業務の中に「AIに任せられる仕事」と「人にしかできない仕事」が何かを見極めることは、今後の経営に大きな差を生む要素になるでしょう。

AIの導入は技術的な話だけにとどまりません。「人が行う仕事の価値とは何か」を問い、「人材をどう育て、どう活かすか」を考えることは、経営者にしかできない役割です。

だからこそ、新年度の今、経営者がこのテーマに向き合うことには深い意味があります。本コラムでは、生成AIの特性を踏まえつつ、製造業の経営者がいま考えるべき「人とAIの役割分担」について掘り下げていきます。

 

2. 生成AIとは何か?改めて知っておきたい基本と可能性

生成AIとは、大量のデータをもとに、文章・画像・音声・コードなどを“新たに生み出す”ことができる人工知能のことです。

その代表例が、OpenAIが開発したChatGPTです。ChatGPTは、ユーザーの問いかけに対して自然な言葉で応答を返すAIであり、情報の整理、文章の作成、要約、翻訳、さらにはアイデアの提案まで幅広く対応できます。

これまでのAIは、あくまで「分類」「予測」などの判断を行うのが中心でした。一方、生成AIは「創り出す」能力を持っている点で、まったく新しい価値を提供できる存在です。例えば、製造業においては、次のような使い方が現実的になっています。

作業マニュアルの自動作成

製品説明文や技術資料の下書き

品質レポートや日報の自動生成

社内FAQの自動応答(チャットボット化)

海外人材向けの多言語翻訳対応

こうした事例はすでに一部の中小製造業でも取り入れられつつあり、「文章業務」にかかる時間や人件費を大幅に削減しながら、属人化の防止や標準化の推進にも貢献しています。

では、生成AIは“単なる効率化ツール”なのでしょうか。答えは否です。

生成AIの真の価値は、人が思いつかなかった視点や表現、つながりを提案できる点にあります。


経営者が見落としていた業務の改善点や、新製品の提案が社内の気づきを引き出すきっかけになることも珍しくありません。

また、生成AIは人間の知的活動を支援するパートナーとしても機能します。たとえば、アイデア出しの補助、議事録作成の自動化、企画書の構成支援など、経営層の思考を加速させるツールにもなり得ます。

製造業では「モノをつくる力」だけでなく、「情報を扱う力」「考える力」がますます重要になっています。生成AIは、その両方を後押しする存在として、経営者にとって欠かせない道具となっていくでしょう。今こそ、その基本的な性質と可能性を正しく理解し、戦略的に取り入れていくべき時期です。

3. “AIに任せられる仕事”とは?製造業における代表例

生成AIが得意とするのは、ルールが明確で繰り返し発生する業務、いわゆる “定型業務”です。これらの業務は人がやらなくても一定の品質で処理できるため、AIに任せることで人材をより付加価値の高い仕事に振り分けることが可能になります。

製造業において、以下のような業務はすでにChatGPTのような生成AIに置き換えが可能、もしくは補助的に任せられる段階に入っています。

  1. 定型的・反復的な文書作成業務

日報、月報、作業レポート、報告書など、フォーマットが決まっており、入力する情報もパターン化されている業務はAIとの相性が非常に良好です。
作業員がメモ書きした内容をAIが文書化する仕組みを取り入れれば、時間削減と品質の均一化が期待できます。

  1. マニュアル化された知識の整理・伝達

製造業では工程ごとの作業手順や品質管理ルールなどを文書化する作業が発生します。こうしたマニュアル類も、現場でのヒアリング内容や過去の文書をAIに読み込ませることで、最新の内容にアップデートした手順書を自動生成することができます。
特に多品種少量生産の現場では、頻繁な変更にも迅速に対応できます。

  1. 社内問い合わせ対応や簡易なヘルプデスク業務

製造現場では、「この設備はどのタイミングでメンテナンスするのか」「トラブル時は誰に連絡すればいいか」といった社内問い合わせが日常的に発生します。こうしたFAQ型のやりとりは、生成AIを活用したチャットボットで自動対応が可能です。
繰り返しの対応が不要になり、管理部門やリーダーの負担を軽減できます。

  1. 営業・マーケティング資料の下書き生成

BtoB取引が多い製造業では、製品カタログや提案書、メール文面、展示会資料などの準備も重要な業務です。生成AIは、キーワードや製品仕様を入力するだけで、自然な説明文や販促文章を自動生成することができます。
あくまで“下書き”として活用することで、作成スピードを大幅に向上させられます。

  1. データからのトレンド抽出と報告書作成

生産実績や設備稼働データ、不良品の傾向分析など、蓄積されたデータの要点をAIが自動で要約・分析することも可能です。
BIツールやIoTデバイスと組み合わせれば、月次の業務報告や経営層への共有資料の作成を半自動化できます。

AIに任せられる仕事は、単に“効率化”を目的としたものではありません。
人がやるべき仕事に集中するために、あえてAIに委ねるという発想が重要です。

生成AIは、正確で早く、疲れず、愚痴も言いません。だからこそ、こうした業務はどんどんAIに任せ、人は判断・創造・共感といった「人にしかできない仕事」に集中できる体制を整えていくことが求められます。

 

4. “人にしかできない仕事”とは?AI時代に求められる人間の価値

生成AIの導入が進む一方で、私たち人間にしか担えない仕事があることも明らかです。それは、単なる作業や処理ではなく、状況を読み、意味づけ、関係性を築き、最終的な判断と責任を伴う仕事です。

創造力と状況判断力が問われる業務

製造業の現場では、想定外のトラブルや、機械では測れない“勘”が必要な判断が少なくありません。
たとえば、異常音や振動の違和感を察知して設備の異常を早期に見抜いたり、生産工程の中で「このまま進めるべきか止めるべきか」を即座に判断するような業務です。
AIがデータを基に「提案」はできても、「この状況ではどう動くべきか」といった現場感覚と応用的な判断は、人間にしかできない領域です。

現場の空気を読むマネジメントや人材育成

組織は“人の集まり”であり、個々のモチベーションや状態に応じた対応が求められます。
部下の表情や態度の変化を感じ取り、声をかけたり配置転換を考えたりするのは、人ならではのマネジメント能力です。
また、若手人材を育てる際も、ただ知識を教えるだけでなく、悩みを聞き、成長を促す関わり方が求められます。こうした感情や人間関係に基づくマネジメントは、AIでは代替できません。

顧客との信頼関係構築や交渉

製造業では、長年の取引先との信頼関係や、現場の柔軟な対応力がビジネスの決め手となる場面が多くあります。
納期の調整、仕様のすり合わせ、価格交渉など、対人関係の微妙なやり取りや信頼の構築は、表面的なやり取りだけでは成立しません。
生成AIが正確な説明をしても、それが“人として信頼されるかどうか”は別問題です。「人だからできる仕事」は確実に存在します。

社内文化の醸成と理念の浸透

企業の強さは、制度や技術だけでなく、文化や価値観の共有によっても支えられています。
「なぜこの仕事をするのか」「自分たちはどうあるべきか」といった組織の思想や理念を伝え、社内に根付かせるのは、AIの役割ではありません。
経営者やリーダーの言葉、態度、意思決定の積み重ねが、組織文化を形成していきます。これは人間の信念と想像力によってのみ伝えられる領域です。

「判断」「責任」「決断」に関わる意思決定業務

最終的に「決める」ことは、AIにはできません。
AIは多くの選択肢や可能性を提示してくれますが、「どの道を選ぶか」「誰が責任を持つのか」は、人間に委ねられています。
とりわけ経営層には、限られた情報の中でリスクを取り、組織の方向性を決める役割があります。それこそが、AIの時代においてますます価値を持つ“人間の意思”です。

AIの台頭によって、私たちの仕事の一部は確かに代替されつつあります。しかしそれは、人間が不要になるということではありません。むしろ、「人にしかできない仕事」に集中するための転機なのです。

創造力、判断力、共感力、責任感。これらはAIには真似できません。
経営者こそが、自社の人材がどこで最も価値を発揮できるかを見極め、「人とAIが共存する働き方」を設計するリーダーであるべきです。

5. 経営者が担うべき“判断と設計”という仕事

AIが業務に組み込まれはじめた今、経営者に求められているのは、単にAIを導入する決断ではありません。それ以上に重要なのは、「何をAIに任せ、何を人に残すか」という判断と、それをどう全体の業務フローに組み込むかという設計力です。

AI導入における「業務の棚卸し」の重要性

まず必要なのは、自社の業務を一度立ち止まって棚卸しすることです。
普段は何気なくこなしている業務にも、「この作業は実は繰り返しでAI向きだ」「この工程は人の判断が必要だ」といった違いが存在します。

業務の可視化と分類を行うことで、AIに任せられる領域が見え、人の工数をもっと重要な仕事に振り向ける余地が生まれます。
このプロセスは、業務効率化というよりも、「自社の価値創造活動を見直す」意味を持つ重要な経営判断です。

AIに仕事を渡すだけではなく、“仕事を再設計する”視点

AIを導入しても、従来のやり方の上にただ機械を置くだけでは、本質的な変化は起こりません。
例えば、文書作成をAIに任せても、その前後の確認プロセスや共有方法が変わらなければ、結果として手間が増えることさえあります。

だからこそ、業務そのものの構造を見直す「再設計」の視点が不可欠です。

「この業務は本当に必要か?」

「AIが担うことで、他の工程も変えられるのでは?」

「人がより価値を発揮できるように、どこを補助すべきか?」

こうした問いを繰り返しながら、AIを活かした業務設計=“新しい働き方のデザイン”が経営者の大きな役割となります。

「人の力をどう活かすか」を考えることが経営者の本質

生成AIの台頭により、企業の競争力は「AIを導入したかどうか」ではなく、「人とAIをどう組み合わせ、成果に結びつけたか」で問われる時代に入りました。

つまり、AIを中心に据えるのではなく、人の力が最大限に発揮されるようにAIを位置づけることこそが、経営者に求められる本質的な仕事です。

人材不足、属人化、教育負荷。これらの課題に対して、AIは有効なツールになり得ますが、それを“使いこなすための土台”をつくるのは経営の責任領域です。

AI導入はゴールではなく、経営のあり方を見直す起点です。
業務を「任せるかどうか」だけではなく、「その仕事は本当に必要か」「再構築できないか」という問いを通じて、経営者自身が仕事の意味を再設計することが、AI時代の本当のリーダーシップです。

その視点に立ったとき、AIは単なる業務ツールではなく、企業変革を進めるための“戦略パートナー”としての力を発揮します。

6. 役割分担を見直す3ステップ:新年度に取り組むべきこと

生成AIの活用は、いきなり大規模に導入するものではありません。重要なのは、人とAIの役割を見直し、小さく始めて、成果を確かめながら段階的に進めていくことです。新年度は、組織体制や業務内容の整理がしやすいタイミング。ここでは、AI活用を成功させるための3つのステップをご紹介します。

ステップ①:まずは業務の可視化

最初に取り組むべきは、自社の業務を「見える化」することです。
多くの現場では、誰がどの業務を、どのくらいの時間をかけて行っているのかが把握されていないことがあります。
しかし、業務の全体像が見えなければ、AIに任せるかどうかの判断もできません。

業務をリスト化し、「定型業務」か「判断を要する業務」か分類する

所要時間、頻度、担当者を明記し、負荷の偏りを把握する

文書化できていない属人的業務にも着目する

このようにして業務の棚卸しを行うことで、改善ポイントとAI活用の余地が明確になります。

ステップ②:AIに任せられる仕事を特定

業務が可視化できたら、次はAIに任せられる仕事を選定します。
前章で挙げたような「繰り返し」「定型」「マニュアル化された業務」は、生成AIとの相性が良く、すぐに効果を出しやすい領域です。

書類作成、メール文面、報告書などの生成業務

作業マニュアルの標準化・更新作業

社内の簡易な問い合わせ対応やFAQ作成

データの要約やトレンド分析の下書き

こうした業務は、最初からAIに完全に置き換えなくても、人の補助ツールとして一部を担わせることで、十分に負荷軽減につながります。

ステップ③:人にしかできない業務にリソースを再配分

AIに任せられる業務が減れば、その分だけ人が担うべき“本来の仕事”に集中できる環境が整います。
マネジメント、改善提案、人材育成、顧客対応など、創造力や判断力を必要とする業務に、より多くの時間とリソースを再配分することが可能です。

管理職が現場に時間を割けるようになる

熟練者がノウハウを若手に伝える余裕ができる

経営層が中長期の戦略に集中できる時間が増える

この「リソースの再設計」こそが、AI活用の真の成果であり、企業全体の生産性と競争力を押し上げる鍵になります。

+α:小さく始めて効果を確かめる「スモールスタート」のすすめ

AI活用は、一気に全社展開する必要はありません。
むしろ最初は、小さな業務や一部の部門で導入し、効果や課題を見極める「スモールスタート」が推奨されます。

まずは1つの業務・チームで試験導入

成果を共有し、現場に理解と納得を広げる

改善点を踏まえて段階的に拡張していく

このように段階を踏むことで、失敗のリスクを抑えつつ、社内に「AIが役立つ」という実感を浸透させることができます。

人とAIの役割を見直すことは、単なるツール導入ではなく、組織全体の働き方や価値創出の仕組みを再設計するプロセスです。
新年度という節目に、業務の見える化から始め、段階的にAIとの共創体制を整えていくことで、自社に合った未来志向の経営基盤を築くことができます。

7. まとめ:AIを導入するのではなく、“使いこなす体制”を設計する

生成AIは、単に導入すれば成果が出るというものではありません。
真に効果を発揮するためには、「どう使うか」を明確にし、それを支える文化と仕組みを整えることが不可欠です。経営者の役割は、AIを選定・導入することではなく、人とAIが共に力を発揮できる“使いこなす体制”を設計することにあります。

生成AIを活かす企業文化と仕組みづくり

AIを活かせる企業には共通点があります。それは、挑戦を許容する文化と、変化を受け入れる組織風土があることです。
新しい技術に対して「まずは使ってみよう」と言える空気、そして小さな失敗を責めず、そこから学ぶ姿勢が重要です。

また、現場が自律的にAIを活用できるようにするためには、

簡単に使えるツールの選定

標準的なガイドラインの整備

活用事例の共有と成功体験の横展開

といった実行を支える仕組みづくりも欠かせません。

人材育成とAI活用を両立させる経営戦略

「AIがあれば人はいらない」という考え方は、極端で本質を外れています。
むしろ、AIの力を最大限に引き出せるのは、それを正しく理解し、活かせる人材がいる組織です。

そのため、AI活用と同時に進めるべきは「人材育成」です。

業務の背景や目的を理解する力

AIが出力した内容を正しく評価・判断できる力

技術と人の橋渡しができるリーダー層の育成

これらの要素を含んだ人材戦略こそが、持続的な競争力の源になります。

新年度こそ「人とAIの共創体制」構築の好機

4月は、新入社員の受け入れ、人事配置の変更、方針発表など、組織にとって大きな節目となる時期です。
このタイミングでこそ、既存の業務や役割を見直し、AIと人の役割分担を再設計するチャンスがあります。

属人化していた業務の一部をAIに任せ、標準化する

若手人材にAIツールの活用を任せ、新しい業務文化を醸成する

経営層自身がAIの可能性を理解し、トップダウンで変化を促す

こうした動きが組織全体に波及すれば、単なる“効率化”を超えて、経営の質そのものを引き上げる転換点になります。

これからの時代、AIを導入しているかどうかではなく、人とAIがどう共創しているかが企業力の差になります。

 新年度という節目を活かし、「AIに任せられる仕事」と「人にしかできない仕事」を明確にし、それを活かす組織設計・人材戦略・文化づくりに踏み出すことが、AI時代の経営において最も重要な一歩です。

経営者であるあなたの意思が、組織を動かします。
今こそ、「AIを使いこなす企業」への第一歩を踏み出してみませんか。